2011年4月20日水曜日

第六章 再 臨 論 第四節から・赤色(核心的内容)より

第四節 同時性から見たイエス当時と今日

イエスの初臨のときと彼の再臨のときとは、摂理的な同時性の時代である。それゆえに、今日のキリスト教を中心として起こっているすべての事情は、イエス当時のユダヤ教を中心として起こったあらゆる事情にごく似かよっている。

このような実例を挙げてみるならば、第一は、今日のキリスト教はユダヤ教と同じく、教権と教会儀式にとらわれている一方、その内容が腐敗しているという点である。

今日のキリスト教信徒たちも、イエスの初臨のときのユダヤ教徒と同じく、イエスが再臨されるならば、彼らが真っ先に主を迫害するようになる可能性があるということについては、前のところで既に詳しく論じたとおりである。

また、イエスの再臨に関する啓示と、再臨されてから下さるみ言を受け入れる場合の様子に関しても、初臨のときと同じ現象が現れるようになるのである。

再臨のときにおいても、初臨のときと同様、天国を望んで歩みだした道でありながら、かえって地獄に行くようになる、そのような信徒たちが大勢いることであろう。

このような現象が、終末においてもそのとおりに起こるということを知るにつけ、我々はだれしも、もう一度自分自身を深く反省せざるを得ないのである。


第五節 言語混乱の原因とその統一の必然性

人間が堕落しないで完成し、神をかしらに頂き、みながその肢体となって一つの体のような大家族の世界をつくったならば、この地球上で互いに通じあわない言語が生ずるはずはなかった。

一つの父母のもとにある同じ子孫として、同一の喜怒哀楽の感情をもっていながら、これを表現する言語が異なるために、互いに通じあうことができないということほど不幸なことはないであろう。それゆえに、再臨の主を父母として頂く、一つの大家族による理想世界がつくられるとするならば、当然言語は統一されなければならないのである。

人類の父母となられたイエスが韓国に再臨されることが事実であるならば、その方は間違いなく韓国語を使われるであろうから、韓国語はすなわち、祖国語(信仰の母国語)となるであろう。したがって、あらゆる民族はこの祖国語を使用せざるを得なくなるであろう。このようにして、すべての人類は、一つの言語を用いる一つの民族となって、一つの世界をつくりあげるようになるのである。

2011年4月17日日曜日

第六章 再 臨 論 第三節

第三節 イエスはどこに再臨されるか
(一)イエスはユダヤ民族の内に再臨されるか
(二)イエスは東の国に再臨される
(三)東方のその国は、すなわち韓国である

イエスが霊体をもって再臨されるのでなく、地上から肉身をもった人間として、誕生されるとするならば、彼は神が予定されたところの、そしてある選ばれた民族の内に誕生されるはずである。

(一)イエスはユダヤ民族の内に再臨されるか
黙示録七章4節に、イエスが再臨されるとき、イスラエルの子孫のあらゆる部族の中から、一番先に救いの印を押される者が、十四万四千人であると記録されているみ言、また弟子たちがイスラエルの町々を回り終わらないうちに人の子が来るであろう(マタイ一〇・23)と言われたみ言、そしてまたイエスのみ言を聞いている人々の中で、人の子がその王権をもってこられるのを、生き残って見る者がいる(マタイ一六・28)と言われたみ言などを根拠として、イエスがユダヤ民族の内に再臨されるのだと信じている信徒たちが随分多い。しかしそれらはみな、神の根本摂理を知らないために、そのように考えるのである。
マタイ福音書二一章33節から43節によると、イエスはぶどう園の主人と農夫およびその息子と僕の例えをもって、自分を殺害する民族には再臨されないばかりでなく、その民族にゆだねた遺業までも奪いとって、彼の再臨のために実を結ぶ他の国と民族にそれを与えると、明らかに言われたのである。

イエスが十字架で亡くなられてからのちのイスラエル選民は、いったいだれなのであろうか。それは、とりもなおさず、アブラハムの信仰を受け継ぎ、その子孫が完遂できなかったみ旨を継承してきた、キリスト教信徒たちなのである。

「再臨されるメシヤのための基台」を造成しなければならないイスラエル選民とは、アブラハムの血統的な子孫をいうのではなく、あくまでもアブラハムの信仰を継承したキリスト教信徒たちをいうのだということが分かるのである。

(二)イエスは東の国に再臨される
ユダヤ人たちから奪った神の遺業を相続して実を結ぶ国はどの国なのであろうか。聖書はその国が「日の出づる方」すなわち東の方にあると教えているのである。
七章2節から3節を見ると、日の出る方、すなわち東の方から天使が上ってきて、最後の審判において選ばれた者に印を押したが、その印を押された者の数が十四万四千だと言った。そして黙示録一四章1節には、その十四万四千人の群れと共に小羊、すなわちイエスがおられたと書かれている。我々はこれらの聖句から推測して、イエスは日の出る方、すなわち東方の国に誕生なさって、そこでまず選ばれた十四万四千の群れの額に、小羊と父の印を押されるということを(黙一四・1)知ることができる。したがって、神の遺業を受け継いで、イエスの再臨のための実を結ぶ国は(マタイ二一・43)東方にあるということが分かってくる。

(三)東方のその国は、すなわち韓国である

古くから、東方の国とは韓国、日本、中国の東洋三国をいう。ところがそのうちの日本は代々、天照大神を崇拝してきた国として、更に、全体主義国家として、再臨期に当たっており、また、以下に論述するようにその当時、韓国のキリスト教を過酷に迫害した国であった(後編第五章第四節(三)(3)参照)。そして中国は共産化した国であるため、この二つの国はいずれもサタン側の国家なのである。したがって端的にいって、イエスが再臨される東方のその国は、すなわち韓国以外にない。

(1) この国は蕩減復帰の民族的な基台を立てなければならない

韓国がメシヤを迎え得る国となるためには、原理的に見て、天宙的なカナン復帰のための「四十日サタン分立の民族的な基台」を立てなければならないのである。

第一イスラエルは、民族的カナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるために、当時サタン世界であったエジプトで、四〇〇年間を苦役したのであった。これと同じく、第二イスラエルも、世界的カナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるために、当時、サタンの世界であったローマ帝国で、四〇〇年間迫害を受けながら闘い勝利したのである。したがって、韓国民族も、第三イスラエル選民となり、天宙的なカナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるためには、サタン側のある国家で、四十数に該当する年数の苦役を受けなければならないのであり、これがすなわち、日本帝国に属国とされ、迫害を受けた四十年期間であったのである。

韓国民族は、一九〇五年の乙巳保護条約以後一九四五年解放されるときまで四十年間、第一、第二イスラエル選民が、エジプトやローマ帝国で受けたそれに劣らない迫害を受けたのである。そして、この独立運動が主に国内外のキリスト教信徒たちを中心として起こったので、迫害を受けたのが主としてキリスト教信徒たちであったことはいうまでもない。

(2) この国は神の一線であると同時にサタンの一線でなければならない

人間始祖が堕落するときに、天の側とサタンの側が一点において互いに分かれるようになったので、

これらが、アベルとカインの二つの型の世界として、各々分離されることにより、民主と共産の二つの世界として結実したのであり、それらが再び韓国を中心として、世界的な規模で衝突するようになったのである。それゆえ、宗教と思想、政治と経済など、あらゆるものが、韓国において摩擦しあい、衝突して、大きな混乱を巻き起こしては、これが世界へと波及していくのである。

(3) この国は神の心情の対象とならなければならない

神の心情の対象となるためには、まず、血と汗と涙の道を歩まなければならない。

神のみ旨を代表してサタン世界と戦う個人と家庭と民族とは、常に血と汗と涙の道を免れることがなかったのである。悲しまれる父母の心情の対象となって、忠孝の道を歩んでいく子女が、どうして安逸な立場でその道を歩むことができるであろうか。それゆえ、メシヤを迎え得る民族は、神の心情の対象として立つ孝子、孝女でなくてはならないので、当然血と汗と涙の路程を歩まなければならないのである。

韓国民族が歩んできた悲惨な歴史路程は、このように神の選民として歩まなければならない当然の道であったので、実際には、その苦難の道が結果的に韓国民族をどれほど大きな幸福へ導くものとなったかもしれないのである。
つぎに、神の心情の対象となる民族は、あくまでも善なる民族でなければならない。韓国民族は単一血統の民族として、四〇〇〇年間悠久なる歴史を続け、高句麗、新羅時代など強大な国勢を誇っていたときにも侵攻してきた外国勢力を押しだすにとどまり、一度も他の国を侵略したことはなかった。

韓国民族は先天的に宗教的天稟をもっている。

韓国民族は民度が非常に低かった古代から今日に至るまで敬天思想が強く、いたずらに自然を神格化することによって、そこから現実的な幸福を求めるたぐいの宗教は崇敬しなかった。そうして、韓国民族は古くから、忠、孝、烈を崇敬する民族性をもっているのである。この民族が「沈清伝」や「春香伝」を民族を挙げて好むのは、忠、孝、烈を崇敬する民族性の力強い底流からきた性向なのである。

(4) この国には預言者の証拠がなければならない

韓国民族に下された明白な預言者の証拠として、第一に、この民族は啓示によって、メシヤ思想をもっているという事実である。

第三イスラエル選民たる韓国民族も李朝五〇〇年以来、この地に義の王が現れて千年王国を建設し、世界万邦の朝貢を受けるようになるという預言を信じる中で、そのときを待ち望みつつ苦難の歴史路程を歩んできたのであるが、これがすなわち、 鄭鑑録信仰による韓国民族のメシヤ思想である。

第二に、この民族が信じている各宗教の開祖が、すべてこの国に再臨するという啓示をその信徒たちが受けているという事実である。

第三に、イエスの韓国再臨に関する霊通人たちの神霊の働きが雨後の竹の子のように起こっているという事実である。使徒行伝二章17節に、終末においては神の霊をすべての人に注ぐと約束されたみ言があるが、このみ言どおりの現象が韓国民族の中で起きているのである。それゆえに、数多くの修道者たちが雑霊界から楽園級霊界に至るまでの様々の層の霊人たちと接触するなかで、それぞれ、主の韓国再臨に関する明確な啓示を受けているのである。

(5) この国であらゆる文明が結実されなければならない

有史以来、全世界にわたって発達してきた宗教と科学、すなわち、精神文明と物質文明とは、韓国を中心として、みな一つの真理によって吸収融合され、神が望まれる理想世界のものとして結実しなければならないのである。

第一に、陸地で発達した文明も韓国で結実しなければならない。

第二に、河川と海岸を中心とした文明も韓国が面する太平洋文明として結実しなければならない。

第三に、気候を中心とした文明も韓国で結実しなければならない。

2011年4月12日火曜日

第六章 再 臨 論

第六章 再 臨 論
第一節 イエスはいつ再臨されるか
第二節 イエスはいかに再臨されるか
第三節 イエスはどこに再臨されるか
第四節 同時性から見たイエス当時と今日
第五節 言語混乱の原因とその統一の必然性

イエスは、再臨するということを明確に言われた(マタイ一六・27)。しかし、その日とそのときは、天使もイエスもだれも知らないと言われた(マタイ二四・36)。それゆえ、今までイエスがいつ、どのようにして、どこに来られるかということに関しては、それについて知ろうとすることそれ自体が無謀なことのように考えられてきた。
しかしながら、イエスが繰り返し、「ただ父だけが知っておられる」と言われた事実や、アモス書三章7節において、「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と言われたみ言などを総合して考えると、その日、そのときを知っておられる神は、イエスの再臨に関するあらゆる秘密を、必ず、ある預言者に知らせてから摂理されるであろうということを、知ることができる。

神は、イエスの再臨に関しても、終末のときには神の霊をすべての人に注ぐと約束されたように(使徒二・17)、光の中にいるすべての信徒たちを通じて、耳と目とをもっている人たちには、必ず見ることができ、聞くことができるように、啓示してくださることは明らかである。

第一節 イエスはいつ再臨されるか

イエスが再臨されるときのことを、我々は終末という。ところで、現代がすなわち終末であるということに関しては、既に前編の人類歴史の終末論において明らかにした。したがって、我々は、現代がとりもなおさず、イエスの再臨なさるときであるということを知ることができるのである。

蕩減復帰の原則から見れば、前時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰する再蕩減復帰摂理時代(新約時代)の二〇〇〇年が終わるころに、イエスが再臨されるであろうということを、我々は知ることができるのである。

我々は、第一次世界大戦が終了したあとから再臨期が始まったと見なければならないのである。


第二節 イエスはいかに再臨されるか
(一)聖書を見る観点
(二)イエスの再臨は地上誕生をもってなされる
(三)雲に乗って来られるという聖句は何を意味するのか
(四)イエスはなぜ雲に乗って再臨されると言われたのか

(一)聖書を見る観点
神は、時ならぬ時に、時のことを暗示して、いかなる時代のいかなる環境にある人でも、自由にその知能と心霊の程度に応じて、神の摂理に対応する時代的な要求を悟るようにさせるため、すべての天倫に関する重要な問題を、象徴と比喩とをもって教示してこられたのである(ヨハネ一六・25)。
聖書を解釈するに当たっては、その観点をどこにおくかということが、最も重要な問題であるといわなければならない。

(二)イエスの再臨は地上誕生をもってなされる

ルカ福音書一七章24節から25節を見ると、イエスは将来、彼が再臨されるときに起こる事柄を予想されながら、「人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」と言われたのであった。

イエスは、このような御自身を顧みられるとき、再臨なさるときにもまた、初臨のときと同様、天だけを仰ぎ見ながらメシヤを待ち焦がれるであろうところのキリスト教信徒たちの前に、地上から誕生された身をもって、盗人のように現れるなら(黙三・3)、再び彼らに異端者として追われ、苦しみを受けることが予想されたので、そのようにこの時代の人々から捨てられなければならないと言われたのであった。

ルカ福音書一八章8節を見ると、イエスが、「あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」と言われたみ言がある。

将来再臨されるときにおいても、すべての信徒たちが、イエスが雲に乗って再臨されるものと信じ、天だけを眺めるであろうから、御自分が再び地上に肉身をもって現れるなら、彼らも必ずこのユダヤ人たちと同じく、信仰という言葉さえも見られないほどに不信仰に陥るであろうということを予想されて、そのように嘆かれたのであった。

再び我々は、イエスが、マタイ福音書七章22節から23節にかけて、「その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」と言われたみ言のあるのを見いだす。

創造原理において詳しく述べたように、神は無形、有形の二つの世界を創造されたのち、その祝福のみ言のとおりに、二つの世界を主管させるために、人間を霊人体と肉身との二つの部分をもって創造されたのであった。しかしながら、アダムが堕落し、

今まで地上において霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管することによって、それらを一つに和動し得た人間は、一人もいなかったのである。したがって、このような基準の完成実体として再臨されるイエスは、霊体であってはならないのである。初臨のときと同様、霊肉共に完成した存在として来られ、全人類を霊肉併せて彼に接がせて、一つの肢体となるようにすることによって(ロマ一一・17)、彼らが霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管するようになさしめなくてはならないのである。

彼が再臨されても、初臨のときと同様、地上天国をつくられ、そこで全人類の真の親となられ、また王とならなければならないのである。それゆえに、イエスは再臨されるときにも、初臨のときと同様、肉身をもって地上に誕生されなければならないのである。
また、人間の贖罪は、彼が地上で肉身をつけている場合にのみ可能なのである(前編第一章第六節(三)(3))。それゆえに、イエスは、この目的を達成するため、肉身をもって降臨されなければならなかったのである。

今まで調べてきた、あらゆる論証に立脚してみるとき、イエスの再臨が、地上に肉身をもって誕生されることによってなされるということは、だれも疑う余地のないものといわなければならない。

2011年4月10日日曜日

第五章 メシヤ再降臨準備時代 第四節より

第四節 世 界 大 戦

(一)蕩減復帰摂理から見た世界大戦の原因
(二)第一次世界大戦
(三)第二次世界大戦
(四)第三次世界大戦

(一)蕩減復帰摂理から見た世界大戦の原因
戦争は、いつでも政治、経済、思想などが原因となって起こるようになる。しかし、このようなことはあくまでも外的な原因にすぎないのであって、そこには必ず内的な原因があるということを知らなければならない。

蕩減復帰摂理から見た世界大戦の内的な原因は何なのだろうか。第一に、主権を奪われまいとするサタンの最後の発悪によって、世界大戦が起こるようになるのである。

第二に、神の三大祝福を成就した型の世界を、サタンが先に非原理的につくってきたので、これを復帰する世界的な蕩減条件を立てるために世界大戦が起こるのである。

第三に、イエスの三大試練を世界的に越えるために世界大戦が起こるようになる。

第四に、主権復帰のための世界的な蕩減条件を立てるために、世界大戦が起こるようになる。

(二)第一次世界大戦
(1) 第一次世界大戦に対する摂理的概要

第一次世界大戦は、政治的な面から見れば、アベル型の民主主義により復帰摂理の目的を指向する民主主義政体と、カイン型の民主主義により復帰摂理の目的に反する全体主義政体との戦争であった。また、経済的な面から見れば、これは、天の側の帝国主義とサタン側の帝国主義との戦争であった。

第一次世界大戦を思想的な面から見れば、当時のキリスト教を迫害した回教国家であるトルコ、および、これを支持したドイツやオーストリアなどカイン型の国家群と、主にキリスト教を信奉した米、英、仏などアベル型の国家群との間に展開された戦争であったのである。結論的にいうと、第一次大戦は、アベル型の人生観の目的を実現すべき民主主義が、蘇生的な勝利の基盤を造成する戦争であったのである。

(2) 天の側とサタンの側との区別は何によって決定されるか
天(神)の側とサタンの側との区別は神の復帰摂理の方向を基準として決定される。神の復帰摂理の方向と同じ方向を取るか、あるいは間接的でもこの方向に同調する立場をとるときこれを天の側といい、これと反対になる立場をサタンの側という。

第一次世界大戦において、米、英、仏、露など、連合国側の主動国家はキリスト教国家であるばかりでなく、回教国であるトルコ内で迫害を受けていたキリスト教徒を解放させようとした国家であるので、みな天の側になり、ドイツやオーストリアなど同盟国側の主動国家は、キリスト教を迫害する回教国家であったトルコを支持したので、それらの国家はみなトルコと共にサタン側となったのである。

(3) 復帰摂理から見た第一次世界大戦の原因

復帰摂理から見て、第一次世界大戦が起こるようになった内的な原因の第一は、神の三大祝福を復帰する蘇生的な蕩減条件を世界的に立てようとするところにあった。

第二に、イエスに対するサタンの第一次試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために、第一次世界大戦がなければならない。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第一次大戦に勝利し神の第一祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならなかった。なぜならば、イエスが荒野で第一次試練に勝利して、石で表示されたイエス自身を取り戻して個性復帰の基台を造成したように、天の側では第一次世界大戦に勝利することによって、サタン側の世界とその中心を滅ぼし、その反面、天の側の世界を立てて、その中心たる再臨主の誕生を迎え、個性復帰のための基台をつくらなければならなかったからである。

第三に、主権復帰の蘇生的な基台を造成するために第一次世界大戦がなければならない

結果として現れた事実が物語っているように、第一次大戦で天の側の国家が勝利し、政治版図を拡大させて、世界をキリスト教化した。また、天の側の、広範囲で確固とした政治および経済の基台を造成して、民主主義の蘇生的な基台を確立すると同時に、天の側の主権復帰の蘇生的な基台をつくらなければならなかったのである。

(4) 復帰摂理から見た第一次大戦の結果

第一次世界大戦で天の側が勝利することにより、神の三大祝福を世界的に復帰するための蘇生的な蕩減条件を立てるようになった。イエスに対するサタンの試練を世界的に越える立場から見れば、神の第一祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立て、ここで民主主義が蘇生的な勝利を得るようになり、天の側の主権復帰の蘇生的な基台を造成したのである。

天の側の世界の王として来られる再臨主の誕生される基台が造成されたのである。

第一次世界大戦においては、天の側の勝利によってメシヤ再降臨の基台が造成され、そのときから再臨摂理の蘇生期が始まったのである。

(三)第二次世界大戦
(1) 第二次世界大戦に対する摂理的概要
第二次世界大戦は、第一次大戦によって得た蘇生的な勝利の基台の上に立つ民主主義が、人間本性の指向する道をふさぐ全体主義と戦って、長成的な勝利の基盤を造成する戦争であったのである。

(2) 全体主義とは何か

(3) 第二次世界大戦における天の側国家とサタン側国家

第二次世界大戦は、民主主義によって結託した米、英、仏の天の側国家と、全体主義によって結託した独、日、伊のサタン側国家との対戦であった。

(4) 天の側とサタン側が各々三大国に対立した理由
元来神の三大祝福が完成されなかったのは、アダム、エバ、天使長の三存在が堕落してしまったからであった。

イエスを中心とする三大祝福を復帰するための、長成的な蕩減条件を、世界的に立てるべき第二次世界大戦も、アダム、エバ、天使を象徴する天の側の国家が中心となり、同一の型を備えたサタン側の国家と戦って勝利し、それを蕩減復帰する条件を立てなければならない。ゆえに、これを知っているサタンは、この摂理に先立って、サタン側のアダム、エバ、天使型の国家を先に団結させ、天の側のそのような型の国々に向かって攻勢をかけさせたのである。
アメリカは男性国家として天の側のアダムを、イギリスは女性国家として天の側のエバを、フランスは中間的な国家として天の側の天使長を各々象徴し、ドイツは男性国家としてサタン側のアダムを、日本は女性国家としてサタン側のエバを、イタリアは中間的な国家としてサタン側の天使長を各々象徴したのである。

(5) 復帰摂理から見た第二次世界大戦の原因
復帰摂理から見て、第二次世界大戦が起こるようになった内的な原因の第一は、神の三大祝福を復帰する長成的な蕩減条件を世界的に立てようとするところにあった。

第二に、イエスに対するサタンの第二の試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために第二次世界大戦がくるようになる。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第二次大戦で勝利して、神の第二祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならなかった。なぜならば、イエスが荒野で第二の試練に勝利して子女復帰の基台を造成されたように、天の側の世界が第二次大戦に勝利することによって、民主主義の長成的な基台を造成し、天の側の人間たちが天の世界的な基盤をつくらなければならなかったからである。
第三に、主権復帰の長成的な基台を造成するために第二次世界大戦が起こるようになったのである。

(6) 復帰摂理から見た第二次世界大戦の結果
第二次世界大戦が天の側の勝利に終わったので、神の三大祝福を世界的に復帰するための長成的な蕩減条件を立てることができた。イエスに対するサタンの試練を世界的に越える立場から見れば、神の第二祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立て、また民主主義世界が長成的な基盤をつくって、主権復帰の長成的な基台を造成するようになったのである。

(四)第三次世界大戦
(1) 第三次世界大戦は必然的に起こるのであろうか

人類歴史の終末には、サタン側も天の側もみな世界を主管するところまで行かなければならないので、民主と共産の二つの世界が両立するようになる。そして、この二つの世界の最終的な分立と統合のために世界大戦が起こるようになるのである。このように、第一次、第二次の大戦は、世界を民主と共産の二つの世界に分立するための戦いであり、このつぎには、この分立された二つの世界を統一するための戦いがなければならないが、これがすなわち第三次世界大戦なのである。第三次世界大戦は必ずなければならないが、その戦いには二つの道がある。

(2) 第三次世界大戦に対する摂理的概要
第三次大戦は、復帰摂理が始められてからこのかた最終的に、民主世界によって共産世界を屈伏させ、理想世界を復帰させようとする戦争である。

第三次大戦によっては、新しい真理により完全なアベル型の人生観を立てて民主世界の完成的な基台を造成しなければならず、この基台の上で全人類を一つの世界へと導いていかなければならないのである。

(3) 復帰摂理から見た第三次世界大戦の原因

とにかくどのような道であるにもせよ、世界的な戦いが必ずもう一度なければならないということだけは確かである。

内的な原因は何だろうか。第一に、神の三大祝福を復帰する完成的な蕩減条件を世界的に立てるためである。

第二に、イエスに対するサタンの第三次試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために第三次大戦がくるようになる。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第三次大戦で勝利することによって、神の第三祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならない。なぜなら、イエスが荒野で第三次試練に勝利して万物に対する主管性復帰の基台を造成したように、天の側が第三次大戦で勝利することによって、被造世界全体に対する人間の主管性を復帰しなければならないからである。
第三に、主権復帰の完成的な基台を造成するために第三次大戦が起こらなければならない。それは、天の側で第三次大戦に勝利して共産主義世界を壊滅させ、すべての主権を神の前に取り戻して天宙主義の理想世界を実現しなければならないからである。

(4) 復帰摂理から見た第三次世界大戦の結果

神は、復帰摂理の最終的摂理である三次の大戦に勝利することによって、三段階まで延長を繰り返してきた摂理路程の全体を蕩減復帰なさろうとするのである。

復帰摂理は、堕落人間が神の命のみ言により、神に対する心情を復帰して霊肉共に救いを受け、神の血統を再び受け継いで完成されるのである
三次にわたる世界大戦における天の側の勝利は、このような復帰摂理のすべての基台を完全に蕩減復帰して、人間が堕落してからのちの悠久なる歴史の期間を通じて、神が完成させようとされてきた創造本然の理想世界を実現していくようになるのである。

2011年3月25日金曜日

第五章 メシヤ再降臨準備時代 第三節より

第三節 政治、経済および思想の成熟期(一七八九~一九一八)
(一)民主主義
(二)三権分立の原理的意義
(三)産業革命の意義
(四)列国の強化と植民地の分割
(五)文芸復興に伴う宗教、政治および産業革命

この二つの人生観はそれぞれの方向に従って成熟するようになった。そして、それらの思想の成熟につれて、カイン、アベルの二つの世界が形成されていったのである。

フランス革命とイギリスの産業革命以後、第一次世界大戦が終わるころまでがこのような摂理期間であったのである。
(一)民主主義
いかなる思想の流れに乗って今日の民主主義が出てくるようになったのか、その内的な経緯を調べてみることにしよう。

十七世紀中葉に至ると、諸侯たちは民族を単位とする統一国家を立てて国王のもとに集中し、中央集権による絶対主義国家(専制主義国家)を形成するようになったのである。この時代は、王権神授説などの影響で、国王に絶対的な権限が賦与されていた専制君主時代であった。

この二つの型の人生観は共に、この社会を打破する方向に進み、ついには、カイン、アベル二つの型の民主主義に立脚した共産と民主の二つの型の社会を形成したのである。

(1) カイン型の民主主義
カイン型の民主主義は、フランス革命によって形成された。したがって、この問題を論ずるためには、まずフランス革命について論じなければならない。当時フランスは、カイン型の人生観の影響によって、無神論と唯物論の道へと流れこんだ啓蒙思想が、怒濤のように押し寄せた時代であった。したがって、このような啓蒙思想に染まっていた市民階級は、絶対主義に対する矛盾を自覚するようになり、それに従って、絶対主義社会内にまだ深く根を下ろしている旧制度の残骸を、打破しようとする意識が潮のように高まっていたのである。
そこで市民たちが、一七八九年、啓蒙思想の横溢により絶対主義社会の封建的支配階級を打破すると同時に、第三階級(市民)の自由平等と解放のために、民主主義を唱えながら起こった革命が、すなわち、フランス革命であった。この革命により、「人権宣言」が公表されることによって、フランスの民主主義は樹立されたのである。しかし、フランス革命による民主主義は、あくまでもカイン型の人生観を立てるために、唯物思想に流れこんだ啓蒙思想が、絶対主義社会を打破しながら出現したものであるから、これをカイン型の民主主義というのである。

このようにカイン型の人生観は啓蒙思想を立ててフランス革命を起こし、カイン型の民主主義を形成した。これが神の側に復帰しようとする人間本性の内的な追求の道を完全に遮り、外的にばかりますます発展し、ドイツでのマルクス主義とロシアでのレーニン主義として体系化されることにより、ついには共産主義世界を形成するに至ったのである。

(2) アベル型の民主主義
イギリスやアメリカで実現された民主主義は、フランス大革命によって実現された民主主義とはその発端から異なっている。

前者は、アベル型人生観の結実体である熱狂的なキリスト教信徒たちが信教の自由を求めるために絶対主義と戦い、勝利して実現したアベル型の民主主義であったのである。

イギリスの専制主義王制のもとで弾圧を受けていた清教徒たちが、信仰の自由を得るためにアメリカの新大陸へ行き、一七七六年に独立国家を設立してアメリカの民主主義を樹立したのであった。このように、英米で樹立された民主主義は、アベル型の人生観を中心として、信仰の自由を求めるために、絶対主義社会を改革しようとする革命によって樹立されたので、これをアベル型の民主主義という。このようにしてアベル型の民主主義は今日の民主主義世界を形成するようになったのである。

(二)三権分立の原理的意義
三権分立思想は、絶対主義の政治体制によって、国家の権力が特定の個人や機関に集中するのを分散させるために、啓蒙思想派の重鎮であったモンテスキュー(Montesquieu 1689~1755)によって提唱されたが、これはフランス革命のとき「人権宣言」の宣布によって実現された。しかし元来、この三権分立は、天の側で成し遂げようとした理想社会の構造であって、復帰摂理の全路程がそうであるように、これもまたサタン側で、先に非原理的な原理型として成し遂げたのである。

理想社会においても、あらゆる社会の人々が神と縦的な関係を結ぶことによって横的な関係をも結ぶようになるので、喜怒哀楽を共にする一つの有機体をつくるようになるのである。

今日の民主主義政体は、三権に分立され、また政党が組織されることによって、ついに人間一人の構造に相似するようになったが、それはあくまでも、復帰されていない堕落人間と同じように、創造本然の機能がまだ発揮されずにいるのである。すなわち、政党は神のみ旨を知っていないのであるから、それは頭脳の命令を伝達することができなくなった脊髄と、それを中心とする末梢神経と同様のものであるといえるのである。すなわち、憲法が神のみ言から成り立っていないので、立法、司法、行政の三機関は、あたかも神経系統が切れて、頭脳からくる命令に感応できなくなった三臓器のように、それらは相互間の調和と秩序を失って、常に対立し、衝突するほかはないのである。

(三)産業革命の意義
神の創造理想は、単に罪のない社会をつくることだけで成し遂げられるのではない。人間は、万物を主管せよと言われた神の祝福のみ言どおり(創一・28)、被造世界に秘められている原理を探求し、科学を発達させて、幸福な社会環境をつくっていかなければならないのである。

理想社会の経済機構も、完成された人体の構造と同様でなければならないのであるから、前にも述べたとおり、生産と分配と消費は、人体における胃腸と心臓と肺臓のように、有機的な授受の関係をもたなければならない。

(四)列国の強化と植民地の分割
文芸復興以後、カイン、アベルの二つの型に分かれて成熟してきた人生観は、各々二つの型の政治革命を起こし、二つの型の民主主義を樹立した。この二つの型の民主主義は、みなイギリスの産業革命の影響を受けながら急速度に強化され、民主と共産二つの系列の世界を形成していくようになった。

(五)文芸復興に伴う宗教、政治および産業革命
カイン型であるヘレニズムの反中世的復古運動は、人本主義(Humanism)を生み、文芸復興(Renaissance)を引き起こした。これが、更にサタンの側に発展して、第二の文芸復興思潮といえる啓蒙思想を起こすようになった。この啓蒙思想が一層サタンの側に成熟して、第三の文芸復興思潮といえる唯物史観を生み、共産主義思想を成熟させたのである。

2011年3月24日木曜日

第五章 メシヤ再降臨準備時代

第五章 メシヤ再降臨準備時代

第一節 宗教改革期
第二節 宗教および思想の闘争期
第三節 政治、経済および思想の成熟期
第四節 世界大戦

メシヤ再降臨準備時代とは、西暦一五一七年の宗教改革が始まったときから、一九一八年第一次世界大戦が終わるまでの四〇〇年間をいう。


第一節 宗教改革期(一五一七~一六四八)
(一)文芸復興
(二)宗教改革

西暦一五一七年、ドイツでルターが宗教改革の旗を揚げたときから、一六四八年、ウェストファリア条約によって新旧両教徒間の闘争が終わるまでの一三〇年の期間を、宗教改革期と称する。

神が中世社会を通して成し遂げようとされた摂理の目的を成就できなくなったとき、これを新しい摂理歴史の方向へ転換させて、「再臨のメシヤのための基台」を造成していくに当たって中枢的な使命を果たしたのが、正に文芸復興(Renaissance)と宗教改革(Reformation)であった。

中世は、封建制度とローマ・カトリックの世俗的な堕落からくる社会環境によって、人間の本性が抑圧され、自由な発展を期待することができない時代であった。

中世封建時代の社会環境は、人間の創造本性を復帰する道を遮っていた。ゆえに、このような環境の中に束縛されていた中世の人たちは、本性的にその環境を打ち破って、創造本性を復帰しようとする方向へ向かって動かざるを得なかったのである。

「信仰基台」を復帰する、内的な使命を果たすべきであった法王たちの淪落によって、侵入したサタンを分立して、創造本性を復帰しようとした中世の人々は、その本性の内外両面の追求によって、中世的指導精神をカインとアベルの二つの型の思想の復古運動として分立させたのであった。その第一は、カイン型思想であるヘレニズムの復古運動であり、第二は、アベル型思想であるヘブライズムの復古運動である。ヘレニズムの復古運動は、人本主義の発現である文芸復興を引き起こし、ヘブライズムの復古運動は、神本主義の復活のための宗教改革を引き起こしたのである。

神は、あたかもアダムに侵入したサタンを分立なさるために、アダムをカインとアベルに分立されたように、このときにもその指導精神を二つの思想に再分立する摂理をされたのである。それがすなわち、カイン型のヘレニズムの復古運動と、アベル型のヘブライズムの復古運動であった。そしてこれらはついに、各々文芸復興と宗教改革として現れたのである。

(一)文芸復興

中世社会の人々の本性から生ずる外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こし、この運動によって文芸復興が勃興してきたことについては既に論述した。

このルネッサンスは、十四世紀ごろから、ヘレニズムに関する古典研究の本場であるイタリアにおいて胎動しはじめた。この人本主義運動は、初めは中世の人々をギリシャの古代に帰らせ、その精神を模倣させようとする運動から始まったが、それが進むにつれて、この運動は古典文化を再生し、中世的社会生活に対しての改革運動に変わり、また、これは単に文化の方面だけにとどまったのではなく、政治、経済、宗教など、社会全般にわたる革新運動へと拡大され、事実上、近代社会を形成する外的な原動力となったのである。このように、人間本性の外的な欲望を追求する時代的な思潮であった人本主義(あるいは人文主義)が、封建社会全般に対する外的な革新運動として展開された現象をルネッサンス(文芸復興)と呼ぶのである。

(二)宗教改革
中世の人々が人本主義を唱えるにつれて、人々は人間の自由を束縛する形式的な宗教儀式と規範とに反抗し、人間の自主性を蹂躙する封建階級制度と法王権に対抗するようになったのである。さらにまた、彼らは人間の理性と理知を無視して、何事でも法王に隷属させなければ解決できないと考える固陋な信仰生活に反発し、自然と現実と科学を無視する遁世的、他界的、禁欲的な信仰態度を排撃するようになった。こうしてついに、中世のキリスト教信徒は法王政治に反抗するようになったのである。
このようにして、中世社会の人々がその本性の外的な欲望を追求するにつれて、その反面、抑圧されていた本性の内的な欲望をも追求するようになり、ついには、使徒たちを中心として神のみ旨のみに従った熱烈な初代キリスト教精神への復古を唱えるようになった。これがすなわち、中世におけるヘブライズムの復古運動である。

一五一七年、法王レオ十世が、聖ペテロ寺院の建築基金を募集するために、死後に救いを受ける贖罪の札であると宣伝して免罪符を売るようになると、この弊害に対する反対運動が導火線となって、結局ドイツにおいてウィッテンベルク大学の神学教授であったマルティン・ルター(Martin Luther 1483~1546)を中心として宗教改革運動が爆発したのであった。この革命運動ののろしは次第に拡大され、フランスではカルヴィン(Calvin 1509~1564)、スイスではツウィングリ(Zwingli 1484~1531)を中心として活発に伸展し、イギリス、オランダなどの諸国へと拡大されていったのである。

新教運動を中心として起こった国際間の戦いは百余年間も継続してきたが、ドイツを中心として起こった三十年戦争が一六四八年ウェストファリア条約によってついに終結し、ここにおいて新旧両教徒間の戦いに一段落がついたのである。

第二節 宗教および思想の闘争期(一六四八~一七八九)
(一)カイン型の人生観
(二)アベル型の人生観

この期間は、西暦一六四八年ウェストファリア条約によって新教運動が成功して以後、一七八九年フランス革命が起こるまでの一四〇年期間をいう。文芸復興と宗教改革によって人間本性の内外両面の欲望を追求する道を開拓するようになった近世の人々は、信教と思想の自由から起こる神学および教理の分裂と、哲学の戦いを免れることができなくなっていた。

(一)カイン型の人生観
人間本性の外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こして人本主義を生みだした。そして、この人本主義を基盤にして起こった反中世的な文芸復興運動は、神への帰依と宗教的な献身を軽んじ、すべてのことを自然と人間本位のものに代置させたのである。すなわち、神に偏りすぎて自然や人間の肉身を軽視し、それらを罪悪視するまでに至った中世的な人生観から、理性と経験による合理的な批判と実証的な分析を通じて人間と自然を認識することにより、彼らの価値を高める人生観を確立したのである。このような人生観は、自然科学の発達からくる刺激により、人生に対する認識と思惟の方法論において二つの形式をたどるようになった。そしてこれらが近世哲学の二大潮流をつくったのであるが、その一つは演繹法による理性論であり、もう一つは帰納法による経験論である。

文芸復興は、人文主義から流れてきた二つの思潮に乗って、人間がその内的な性相に従って神の国を復帰しようとするその道を遮り、外的な性向のみに従ってサタンの側に偏る道を開く人生観を生みだした。これが正にカイン型の人生観であった。

マルクス(Marx 1818~1883)とエンゲルス(Engels 1820~1895)は、シュトラウスやフォイエルバッハの影響を受けたが、それよりもフランスの社会主義思想から大きな影響を受けて弁証法的唯物論を提唱し、文芸復興以後に芽生えはじめて、啓蒙思潮として発展してきた無神論と唯物論とを集大成するに至った。その後、カイン型の人生観は一層成熟して、今日の共産主義世界をつくるようになったのである。

(二)アベル型の人生観

中世の人々の本性的な追求は、このような外的なものにばかりとどまったのではなく、より深く内的なものをも追求するようになったのである。彼らの本性の内的な追求が、ヘブライズムの復古運動を発生せしめることによって宗教改革運動を起こし、この運動によって哲学と宗教は創造本性を指向する立体的な人生観を樹立したのであった。これを我々は、アベル型の人生観という。したがって、カイン型の人生観は、中世の人々を神と信仰から分離、あるいは独立させる方向へ傾かせたが、このアベル型人生観は、彼らをして一層高次的に神の側へ指向するように導いてくれたのである。

アベル型の人生観は成熟して、今日の民主主義世界をつくるようになったのである。

2011年3月23日水曜日

第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と 復帰摂理延長時代 第六節

第六節 メシヤ降臨準備時代とメシヤ再降臨準備時代

イスラエル民族は、バビロンの捕虜の立場から、エルサレムに戻ってのち、メシヤ降臨準備時代の四〇〇年を経て、イエスを迎えたのであった。ゆえに、これを蕩減復帰するためには、キリスト教信徒たちも、法王がアヴィニョン捕虜生活からローマに帰還してのち、メシヤ再降臨準備時代の四〇〇年を経て、初めて再臨なさるイエスを迎え得るようになっているのである。

バビロンの捕虜生活から帰還してきたイスラエル民族は、ネブカデネザル王によって破壊された神殿を新築し、また、マラキ預言者の指導によって、邪神を崇拝してきた過去の罪を悔い改めながら、律法を研究し、信仰の刷新運動を起こすことによって「信仰基台」を復帰してきたのである。これと同じく、法王がローマに帰還したのちの中世におけるキリスト教信徒たちは、ルターなどを中心として、宗教の改革運動を起こし、中世暗黒時代の暗雲を貫いて、新しい福音の光に従い、信仰の新しい道を開拓することによって、「信仰基台」を復帰してきたのであった。

また、異邦人たちに対しては、これとほとんど同時代に、インドの釈迦牟尼(前五六五~四八五)によって印度教を発展せしめ、仏道の新しい土台を開拓するように道を運ばれたし、ギリシャでは、ソクラテス(前四七〇~三九九)の手でギリシャ文化時代を開拓せしめ、また、東洋においては、孔子(前五五二~四七九)によって儒教をもって人倫道徳を立てるようにされるなど、各々、その地方とその民族に適応する文化と宗教を立てられ、将来来られるメシヤを迎えるために必要な、心霊的準備をするように摂理されたのである。それゆえに、イエスはこのように準備された基台の上に来られ、キリスト教を中心としてユダヤ教(Hebraism)を整理し、ギリシャ文化(Hellenism)、および、仏教(Buddhism)と儒教(Confucianism)などの宗教を包摂することによって、その宗教と文化の全域を、一つのキリスト教文化圏内に統合しようとされたのである。

文芸復興時代は、メシヤ再降臨のためのその時代的な背景と環境とを造成するための時代であったのである。

イエスのときには、ローマ帝国の勃興により、地中海を中心として形成された広大な政治的版図と、四方八方に発達した交通の便、そして、ギリシャ語を中心として形成された広範なる文化的版図などによって、キリストを中心とするイスラエル、イスラエルを中心とするローマ、ローマを中心とする世界へと、メシヤ思想が急速に拡張し得る平面的な基台が、既に造成されていたのであった。これと同じく、彼の再臨のときに当たる今日においても、列強の興隆により、自由を基盤とした民主主義の政治的版図が全世界的に広められているのであり、交通および通信の飛躍的な発達によって、東西の距離は極度に短縮され、また、言語と文化とが世界的に交流しあい、メシヤ再降臨のための思潮が、自由にかつ迅速に、全人類の胸底に流れこむことができるように、既に、その平面的版図が完全に造成されているのである。

第七節 復帰摂理から見た歴史発展
(一)復帰摂理時代における歴史発展
(二)復帰摂理延長時代における歴史発展

創造原理で、既に論じたように、地上天国は、完成した人間一人の姿と同じ世界である。したがって、堕落した世界は、堕落した人間一人の姿に似ているということができる。ゆえに、我々は堕落した人間一人の生活を調べてみることによって、人類罪悪史の全体的な動向を、のぞき見ることができるといわなければならない。

それ自身の内部で闘争を行っている各個体が、横的に連結して生活を営んでいるのが社会なので、そこでもまた、闘争が起こらざるを得ないようになっているのである。さらに、このように闘争によってもつれあっている社会生活が、時間の流れとともに、縦的に変転してきたのが、人類の歴史なので、この歴史は、必然的に闘争と戦争とをもって連係されるものとならざるを得ないのである。

このような人間たちによってつくられてきた歴史は、善悪が交錯する渦の中にありながら、大局的には、悪を退け、善を指向してきたというのが事実なのである。それゆえに、歴史が指向する終局的な世界は、すなわち善の目的が成就された天国でなければならないのである。

人間がサタンと血縁関係を結んだことにより、サタンは、堕落した人間を中心として、将来、神がつくろうとなさるものと同じ型の世界を、先立ってつくってきたので、結果的に、人類歴史は、原理型の非原理世界を形成してきたのであった。したがって、人類歴史の終末においては、神が地上天国を復帰される前に、サタンを中心とする、それと同じ型の非原理世界が、先につくられるようになっているのである。これが、すなわち、共産主義世界なのである。

(一)復帰摂理時代における歴史発展

堕落した人間たちによって、最初につくられた社会は原始共同社会であった。

神の復帰摂理に対応しようとする人間の本心の作用によって、サタンを中心として造成された原始共同社会には、最初から闘いによる分裂が生じていたのであった。

事実上、神はこのような罪悪世界から、善を中心とするアブラハムを呼びだされて、彼を通じて、神のみ旨を信奉し得る子女を繁殖することによって、イスラエルの氏族社会を立てられたのであった。その後、アブラハムの子孫たちは、エジプトに入って、氏族から部族へと発展してきたのであり、彼らがカナンに戻ってきたのちには、士師時代をつくったのであるが、この士師時代を中心として形成された社会が、すなわち、イスラエルの封建社会であったのである。

氏族社会が封建社会に発展するようになったのは、サタンの所有を天の側に奪い返すことによって、天の側の主権に属するより大きい版図を形成し、サタンの侵入を防ぐためであったのである。

イスラエルの封建社会をもって、サタン側の侵入を防ぐことができる小単位の天の側の主権と、民と、経済的な版図とを形成したのち、再びこれらを統合して、より大きい主権と、民と、経済的な版図とを拡張し強化するために、イスラエルの君主社会がつくられたのであったが、これが、すなわち、サウル王をもって始まった統一王国時代であった。

既に、前にも言及したように、イエスはどこまでも王の王として来られた方であった(黙一一・15)。それゆえに、神がイスラエル民族の君主社会を形成されたのは、将来メシヤが来られて、王の王として君臨することができるその基台を造成なさるためであったのである。

神はユダヤ王国を滅ぼされたのち、メシヤが降臨されるときまで、ユダヤ民族を多くの異邦に属するようになさることによって、この民族の王位を空位にしておかれたのであった。特に、ユダヤ民族を、民主主義の礎であるギリシャ文明圏内の属国となるように道を運ばれて、将来、メシヤが降臨されたとき、もしユダヤ民族が彼を歓迎するならば、民意によっていつでもメシヤが王位を継ぐことができるように、民主主義型の社会をつくっておかれたのであった。ところが、ユダヤ人たちの民意はイエスに王位を継がせるという方向を取らず、かえって、彼を十字架で殺害してしまったので、これをもってアブラハムの血統的な子孫を中心として成就されようとした二〇〇〇年の復帰摂理の目的は、霊的にしか達成されないようになったのである。

(二)復帰摂理延長時代における歴史発展
(1) 復帰摂理と西洋史

ユダヤ民族がイエスをメシヤとして信じ、彼に仕えて彼と一つになっていたならば、ローマ帝国を中心として地中海を基盤として成立していた古代の統一世界は、当然生きておられるイエスによって感化され、彼を王として信奉し、エルサレムを中心とする王国を建設し得たはずであった。

神の復帰摂理は、恨みの地ユダヤより、西ローマの版図であった西欧に移されていったのである。したがって、イエス以後におけるキリスト教による霊的復帰摂理は、西欧を土台として成就されてきたので、この時代の復帰摂理歴史は、西欧においてのみ、典型路程に従って発展するようになったのである。

(2) 宗教史と経済史と政治史との相互関係

人間は、堕落することにより、霊肉両面の無知に陥るようになったのである。ここにおいて、人間の霊的無知は宗教によって、また、その肉的無知は科学によって啓発されてきたのであるが、

探求していく対象が、宗教においては目に見えない原因の世界であるので、超現実的なものであるのに反し、科学においては目に見える結果の世界、すなわち、物質世界であり、これは現実的なものであるがゆえに、今まで、宗教と科学は、理論的に妥協することのできないものとして、衝突を免れ得なかった。

神は元来、人間の外的な肉身を先に創造され、その次に、内的な霊人体を創造されたので(創二・7)、再創造の原則によって、復帰摂理も、外的なものから内的なものへと復帰していく過程を踏むようになるのである。このような摂理的な原則から見ても、科学と宗教とは互いに調和することのできない発展過程を事実上歩んできたのである。
このような不調和は、宗教と経済との関係においても同じである。それは、経済もまた科学と同じく現実世界に属するものであり、その上、科学の発達と密接な関係をもって発展するものだからである。このような関係により、神の内的な摂理による宗教史と、その外的な摂理による経済史とは、その発展においても、互いに、方向と進度を異にせざるを得なかったのである。ゆえに、かかる神の復帰摂理の典型路程を歩んできた西欧における歴史発展を、摂理的な面から把握するためには、キリスト教史と経済史とを各々別に分けて考察しなければならないのである。

宗教と科学とは、したがって、宗教と経済とは、その発展過程において、互いに対立しあう側面をもちながらも、我々の社会生活と関係を結んで、それぞれが、各々キリスト教史と経済史とを、形成してきたのであった。では、それらは、我々の社会生活と、いかにして結びつくことができたのであろうか。それは、とりもなおさず、政治によって結ばれたのである。

その政治史は、宗教と経済とを調和させていくいま一つの新しい方向に向かうようになったのである。したがって、復帰摂理のための歴史の発展を正確に把握するためには、政治史に対してもこれまた、別途に考察することが必要となってくるのである。

(3) 氏 族 社 会

イエスを殺害したユダヤ民族は、既に、サタン側の系列に転落してしまったので、神はこの社会をそのままに放置しては復帰摂理をなさることができなかったのである。したがって、神はこの社会を分裂させ、その中から、篤実なキリスト教信徒だけを呼びだされて、彼らを中心としてキリスト教氏族社会を立てられたのである。

キリスト教氏族社会は、地中海を基盤とした古代統一世界の中で、ローマ帝国の厳しい迫害を受けながら繁栄し、キリスト教部族社会を形成するに至ったのであった。そして、四世紀後半から始まった民族大移動により、西ローマ帝国は、ついに四七六年に滅亡してしまい、その版図内に移動してきたゲルマン民族にキリスト教が浸透することによって、彼らを中心とした広範なキリスト教社会がつくられたのである。

(4) 封 建 社 会

歴史の発展過程において、氏族社会の次にくるものは、封建社会である。このような原則によって、西ローマ帝国の滅亡と前後して王権が衰退してしまい、国家が無秩序な状態に陥ったとき、封建社会が形成されはじめたのである。

神は、ゲルマン民族を、新しい選民として教化され、封建社会を樹立されることにより、衰亡した西欧の土台の上に、宗教と政治と経済の三面にわたる、小単位の天の側の版図を強化し、将来、天の側の王国を建設するための基台を、準備することができたのである。

(5) 君主社会と帝国主義社会

歴史の発展過程において、封建社会の次にくるのは君主社会である。

(6) 民主主義と社会主義

君主主義のあとにきたものは民主主義時代であった。ところで、君主主義時代がくるようになった理由は、既に明らかにしたように、将来、メシヤを王として迎えることができる王国を建設するためであったのである。しかるに、この時代が、そのような使命を完遂することができなかったので、神は、この社会を打ち壊し、メシヤ王国を再建するための新しい摂理をされるために、民主主義を立てられたのである。

人間は、このような理想をもって創造されたので、その理想を復帰し得る摂理歴史の終末期に至り、民主主義的な自由を獲得し、人間の本性を探し求めていくならば、結局、だれもがこのような社会主義的な生活体制を要求せざるを得ないようになるのである。したがって、民意がこのようなものを要求するようになれば、民意による政治も、そのような方向に向かって進まざるを得ないようになるので、最後には、神を中心とする社会主義社会が現れなければならない。

(7) 共生共栄共義主義と共産主義
天の側の社会主義社会を指向する人間の本心は、結局、共生共栄共義主義を主唱し、神の創造目的を完成した理想世界をつくるところにまで行かなければならないのであるが、この世界が、すなわち、再臨されるイエスを中心とする地上天国なのである。
サタンは、神の摂理を先立って成就していくので、サタンの側からは、先に、唯物史観に立脚した、いわゆる科学的社会主義を叫びながら共産主義世界へと進んでいく。

我々は、既に、西欧を中心としてつくられた復帰摂理歴史が、宗教史と政治史と経済史の三面に分立され、各各が、公式的な路程を通じて発展してきたということを明らかにした。それでは、これらはいったいどのようにすれば、お互いが同一の歴史路程に導かれて融合される摂理歴史をもって終結し、再臨理想の基台を準備することができるであろうか。